なぜ「するなどした」がSNSで大流行?元ネタと報道用語の真相に迫る
SNSのタイムラインを眺めていると、「休日に昼過ぎまで二度寝するなどした」「深夜にラーメンを食べるなどした」といった独特な言い回しを目にする機会が珍しくありません。一見すると文法的に少し不自然で、どこか形式張ったお堅い響きを帯びたこの「するなどした」というフレーズは、現在では若者やネットユーザーを中心に定番の構文として定着しています。
日常のささいな出来事を報告する際に、なぜあえてこの奇妙な述語が選ばれるのでしょうか。その背景を突き詰めていくと、事件事故を伝えるニュース報道の現場、さらには警察や検察といった捜査機関が長年用いてきた極めて専門的な広報プロトコルに行き当たります。ネットカルチャーの軽妙なユーモアと、司法報道の厳格なリスク管理が交錯する「するなどした」の元ネタと深層メカニズムを、メディア論と取材現場の両面から解き明かします。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:「するなどした」の元ネタは、警察発表資料や刑事事件のニュース報道で容疑事実を説明する際に用いられる公式な慣用句である。
- 要点2:捜査機関やメディアがこの表現を多用する最大の理由は、公判前の容疑を限定せず余罪や全体像を網羅し、誤報や名誉毀損リスクを防ぐ法的ヘッジにある。
- 要点3:ネット上では自虐的かつ重々しいトーンで日常の怠惰や失敗を客観視する「などした構文」として独自のミーム的進化を遂げている。
【発祥と由来】「するなどした」の元ネタはどこ?警察発表と事件報道の舞台裏
SNSやネット掲示板で広く親しまれている「するなどした」という言い回しは、何の前触れもなく自然発生したネットスラングではありません。その明確な起源は、新聞の社会面やテレビのニュース番組で連日流れる事件報道の文面にあります。
テレビのテロップや記者の原稿で、次のようなフレーズを一度は耳にしたことがあるはずです。「東京都内の貴金属店に侵入し、腕時計数点を奪うなどした疑いで男を逮捕しました」「知人男性の胸ぐらをつかむなどした暴行の疑いが持たれています」。この末尾に配置された表現こそが、ネットミーム「などした構文」の直接の元ネタです。
事件取材の現場では、各都道府県警の記者クラブ(捜査一課や広報課の担当窓口)から配布される「発表資料(いわゆる広報文)」が報道のベースになります。この警察発表の公文書において、被疑者の罪状や行動を要約する際の定型文言として「〜するなどした」が極めて機械的に記載されているのです。記者はその公式発表の骨子を崩さずに原稿化するため、結果として民放各局やNHK、全国紙のニュースにおいて「するなどした」という独特の文末が日本全国へ反復配信されることとなりました。

【報道用語の深層】なぜ容疑者に「などした」を使うのか?法的リスクとメディアの防衛策
日常会話であれば「腕時計を奪った疑い」「胸ぐらをつかんだ疑い」と言い切る方が日本語として簡潔です。それにもかかわらず、警察や司法記者が頑なに「などした」を挟み込む背景には、日本の刑事司法制度における推定無罪の原則と訴因特定の厳格さが深く関係しています。
第一に挙げられるのが、犯罪事実の例示列挙による余罪への配慮です。警察が被疑者を逮捕する際、逮捕状に記載される被疑事実は捜査段階における氷山の一角にすぎないケースが多々あります。たとえば、空き巣の現場で金品を盗んだだけでなく、家財を損壊していたり、複数箇所を物色していたりする場合、発表資料で「現金を盗んだ」と限定してしまうと、後から別の行為が主目的だったと判明した際に齟齬が生じかねません。「代表的な悪質行為+などした」という形をとることで、捜査機関は立件した代表事実を明示しつつ、一連の犯行全体を包括的に表現できるのです。
第二の理由は、報道機関側の名誉毀損・誤報回避の安全弁(リーガルヘッジ)としての機能です。日本の司法プロセスにおいて、起訴されて裁判で有罪判決が確定するまで、被疑者・被告人は法的に無罪と推定されます。捜査段階の発表をそのまま「〜を盗んだ」と断定調で報じることは、万が一の誤認逮捕や不起訴処分となった際に重大な報道被害を引き起こします。そのため、「〜などの行為に及んだ疑いがある」という二重三重の慎重な言い回しを選択することが、報道実務上の鉄則として受け継がれてきました。
【比較検証】日常会話と警察発表・報道用語の文法構造はどう違うのか
なぜ「するなどした」という言葉に多くの人が引っかかりを覚えるのか。その違和感の正体を、文法構造と使用コンテクストの対比から客観的に整理してみます。
| 項目 | 日常的な標準日本語 | 警察広報・報道用語 | 編集部の見解・分析 |
|---|---|---|---|
| 述語の構造 | 動詞の連用形+過去形 (例:散歩した、買い物をした) | 動詞終止形+副助詞「など」+サ変「した」 (例:侵入するなどした) | 行為の例示と完了を機械的に接続するため、日常会話では使われない硬質な語感が生まれる。 |
| 行為の特定度 | 個別具体的な単一アクションを指示 (特定性が高い) | 主要な代表行為のみを挙げ、他を包含 (包括的・立件事実の代表) | 法律文書における「例示列挙」の性質を帯びており、事実関係の争いに備えた防衛線となっている。 |
| 感情・主観の有無 | 話者の感情やニュアンスが入りやすい (例:うっかり忘れてしまった) | 徹底的な客観描写と事務的トーン (感情の完全排除) | 無機質で感情が削ぎ落とされているからこそ、些細な日常事象に転用した際の落差が笑いを生む。 |
| SNSでの受容傾向 | 一般的な近況報告として認識される | 自虐・ネタ・客観風のユーモアとして多用 | 公権力の厳格なフォーマットを私的な怠惰に適用する「文体パロディ」として機能している。 |
【実態検証】なぜ「などした構文」はSNSミームとして拡散されたのか
報道機関の硬派な文体が、いかにして若者やネットユーザーのお気に入りミームへと転移したのか。その普及プロセスを追うと、日本語ネットカルチャー特有の「パロディ精神」と「自己客観化の心理」が鮮明に見えてきます。
テキスト系掲示板やX(旧Twitter)を中心としたコミュニティにおいて、ユーザーは常に「自分の取るに足らない日常をいかに面白く発信するか」を模索してきました。そこで発見されたのが、「凶悪事件のニュース原稿フォーマットで、自分のしょうもない失態を報告する」という倒錯した手法です。
「休日の朝から一歩も布団から出ず、スマートフォンを8時間閲覧するなどした疑い」「夕食後にポテトチップスを開封し、一袋を完食するなどした模様」といった投稿は、警察報道の張り詰めた緊張感と、投稿者の怠惰極まりない実態との間に強烈なギャップを生み出します。この文体を用いることで、投稿者は自身の罪悪感をユーモアへと昇華させ、閲覧者はそのくだらなさにクスリと笑って共感のリポストを送るというコミュニケーションが成立しました。
さらに、心理学的な観点から見れば、この構文には「心理的脱中心化(ディセンタリング)」の効果が働いています。自分の失敗やだらしなさを一人称の主観で語ると単なる愚痴や自己嫌悪になりがちですが、「容疑者が〜するなどした」という警察発表の三人称的視点を借りることで、自らの行動を一歩引いた位置から客観的かつ滑稽な対象として眺めることができるのです。
一般に知られていない盲点とネットの誤解|「記者の日本語力不足」ではない
ネット上の一部では、「テレビ局のアナウンサーや新聞記者が『するなどした』と発言するのは、若手記者の日本語力や語彙力が低下している証拠ではないか」という批判的な言説が散見されます。しかし、これは現場の実態を知らない完全な誤解です。
第一線で事件取材を担当する社会部記者やデスクは、むしろこの文末表現が日常会話としてこなれていないことを百も承知しています。それでもこの表現を崩さないのは、記者の主観的な美文意識よりも「捜査当局が公訴事実として特定・例示している範囲を正確無比にトレースすること」が最優先されるからです。
もし記者が「自然な日本語に直そう」として勝手に行為を単一化したり、前後の接続を変えてしまったりすれば、容疑事実の重みや法的意味合いが変わり、被疑者の弁護人から抗議を受けたり、誤報として訂正記事を出す事態に発展しかねません。つまり、「するなどした」という一見不格好な文末は、言葉のプロたちが法的なリスクと事実確認のプレッシャーの狭間で選び取った実務的な防護服なのです。
【プロの結論】「などした構文」を使っていい場面と避けるべき場面の境界線
ネットミームとして定着した「などした構文」ですが、その強力なパロディ性ゆえに、使用するTPOには明確な選別が求められます。表現のプロフェッショナルとして、おすすめできるシチュエーションと控えるべき状況のチェック基準を提示します。
【積極的に楽しんでよい場面】
- 個人のSNSアカウントでの日常報告:自虐ネタやフォロワーとの雑談において、ささいな怠惰や個人的な趣味の活動を面白おかしく伝えたいとき。
- 親しい友人や同僚とのチャット:お互いの信頼関係が構築されており、文体パロディとしての冗談が通じるカジュアルな会話。
- 創作物やコラムのアイキャッチ:あえて重々しいトーンから導入してオチをつける演出手法としての活用。
【絶対に使用を避けるべき場面】
- ビジネスメールや公的な業務報告書:「クライアント先を訪問するなどしました」といった記述は、相手に「ふざけているのか」「他に行為をごまかしているのか」という強い不信感や違和感を与えます。
- 実際のトラブルや事故の報告:真摯な謝罪や説明が求められる場でこの文末を用いると、当事者意識の欠如や責任逃れのニュアンスとして受け取られ、事態を悪化させます。
- 文法的な正確性が問われる学術論文や公文書:警察の引用資料そのものを除き、客観的な学術記述としては不適切とみなされます。

【するなど した 元ネタ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:「するなどした」という日本語は、学校文法として正しい文法なのですか?
A1:文法的に完全に誤りとは言えませんが、学校教育で習う標準的な口語文法としては極めて不自然な部類に入ります。「動詞の基本形(する)+副助詞(など)+動詞の過去形(した)」という組み合わせは、法律や警察広報という特殊な職能集団が公判対策・リスクヘッジのために生み出した「公用文特有の機能的日本語」と捉えるのが適切です。
Q2:ニュースで「するなどした」のほかに、警察報道特有の変わった言い回しはありますか?
A2:数多く存在します。代表的なものとして、認否における「〜と供述し、容疑を認めている(否認している)」、押収物を指す「〜とみられる液体」、場所をぼかす「〜の路上」などがあります。いずれも捜査の秘密保持や確定前の事実に対する断定を避けるために厳密にコード化された報道用語です。
Q3:SNSで「などした構文」を使う際、一番ウケやすいフォーマットはありますか?
A3:もっとも効果的なのは「行為のくだらなさ」と「報道調の厳粛さ」の落差を極限まで広げることです。「昼過ぎに起床し、冷蔵庫のプリンを無断で食べるなどした疑いが持たれています」のように、「容疑」「疑い」「〜した模様」といった周辺の報道ワードとセットで組み合わせると、パロディとしての完成度が高まります。
まとめ:警察広報の縛りから生まれた奇妙な日本語ミームの現在地
SNSで爆発的な広がりを見せる「するなどした」というフレーズ。そのルーツは、司法記者クラブで日々飛び交う警察発表の公文書と、容疑者の権利や誤報リスクを守るための報道現場の生存戦略にありました。
本来であれば最も堅苦しく、緊張感に満ちているはずの「事件報道の定型句」が、ネット空間のユーザーたちによって脱構築され、日常のささやかな失敗を笑い飛ばすセルフケアツールへと転生したプロセスは、現代の日本語表現が持つ柔軟性とたくましさを象徴しています。
背景にあるメディアの力学や文法的な成り立ちを理解した上で使い分ければ、この構文は日々のコミュニケーションに絶妙なスパイスを加えてくれるはずです。ただし、フォーマルな現場ではくれぐれも「うっかり公用文で使うなどした」事態に陥らないよう、賢く使いこなしてください。 (出典: するなど した 元ネタ(Yahoo!ニュース))